いじめから自分を守る方法。いじめをなぜするのか?その心理と解決方法について

私は、小学生の時

両手両足を拘束され、フードを顔に被せられ窒息しプレイをされたり

階段に呼び出され、サンドバックになっていました。

今回は、いじめから自分の身を守る方法といじめの心理について紹介します。

 

はじめに

いじめが行われる理由、環境は人によって様々です。

ですので、この記事がすべてのいじめに当てはまるということはありません。

また、考え方は人それぞれですので、この記事が絶対に正しいということもありません。

この記事を読むときは、あくまでも自分にとって都合よく解釈するようにしてください。

また、極端な言い方を多少使っています。ご了承ください。

※この記事を学校などで教育の授業の題材として使用していただいて構いません。

もしかしたら、これを見れば世界中のいじめが「抑止」出来るかもしれません。

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優しい人がいるのも、弱者をいたぶり、愉悦(ゆえつ)に浸る人がいるのも当たり前

あなたがもし、いじめられているなら

  • どうして人を傷つけて楽しいんだろう
  • どうしてあの人は、いじめをしているんだろう

このような疑問を抱えているのではないでしょうか。

まず、いじめに向き合うためは、この答えを知る必要があると、私は考えています。

「なんでいじめをするんだろう」

その答えは

「いじめという行為は全ての人が、大なり小なり、本質的に楽しめる行為であり、人によってはいじめは楽しいことだから」

あなたにとって、人を傷つけることはいいことではないでしょう。

ですが、周りの人の価値観が、すべてそうだとは限りません。

人を助ける、救うことに幸せを感じる人がいれば

人を傷つけることで、楽しむ人もいるのも、当たり前なんです。

この記事を読んでくれたあなたに1つお願いがあります。

自分の価値観だけで、世界をみていたら、この世界が理不尽だらけになってしまいます。

だから、知ってほしいんです。

子供の意思を尊重し、尊敬してもらえるような親がいること

3歳の子供を殴り、蹴り、虐待して、殺す親がいること

大切な家族との時間を1秒でも長くつなぎとめるため、死に物狂いで人を救う医者がいること

人を殺したいから、包丁をもって街で暴れる人がいること

街中で倒れている人がいれば、手を差し伸べ、救急車を呼ぶ人がいること

倒れている人の腹を蹴り、肺から酸素がなくなるのを見て楽しむ人がいること

あなたの世界観は、おそらく「赤文字」だけだったのではないでしょうか?

そこに、「青文字」を加え無ければいけないと思うんです。

そうしないとあなたは

  • なぜ、自分だけがこんなにいじめられるんだろう
  • なぜ、自分だけがこんなにつらいんだろう

こんな理由を抱えたまま、苦しみ続けることになるから

 

疑問を解決して、あなたは自分の身を守る決意をしなければいけない

人は、疑問を疑問のままで終わらせていては、行動することが難しいと思います。

あなたは、おそらく

「なんであの人は、人を傷つけて楽しんでるんだろう?」

こんな風に悩みはしても、自分の身を守る決断はしていないのではないでしょうか

世界には「優しい人もいれば、苦しむ姿を見て楽しむ人もいる」

  • 道で困っている人を助ける
  • 病気で困っている人を助ける
  • 人の相談にのる
  • 夢を叶える
  • 好きな人と結ばれる
  • 一緒に笑ってあげる

世の中には、こんな素敵なことができる人います。

でも、以下のようなことをする人も、普通にいるんです

  • いじめられる
  • 人が死ぬ
  • 顔にあざができる
  • 泣きながら、苦しむ人がいる
  • 可愛い女の子がレイプされる
  • 逆らったら首を締められる
  • 弱みを握られる
  • 血が流れる

これは、当たり前のことです。

「あぁ、なんてひどいんだ」

あなたがもし、こんな考えを脳裏に浮かばせ、思考をシャットダウンするのなら

それは、この当たり前の世界で、やられることを受けいれるということになるのではないでしょうか?

 

人を殺してはいけないことが分かってるのにどうして人を殴ってはいけないことがわからないの?

人を殺してはいけないって、親から教えてもらって初めてわかることでしょうか?

個人的な意見ですが、これは誰かに教えてもらわなくても「なんとなく理解できる」ことだと私は思います。

じゃあ、なんで・・・

人を殺してはいけないことが分かってるのに、どうして人を殴ってはいけないことがわからないの?

この答えは簡単です。

わかってるんです。

 

愉悦(ゆえつ)とは

突然ですが、あなたはゲームをプレイしますか?

ゲームって、強いボスに勝ちたい!という努力の精神が、人のやる気を奮い立たせて、楽しませるものでもあります。

ですが、同時に強い自分が弱い敵を簡単に倒せることに楽しみを見いだすことができるものでもあるでしょう。

1つ質問です。

人は、自分より弱い人を振り回すことに喜びを感じることは「絶対におかしいことですか?」

  • ゲームをプレイしている時
  • 映画やドラマで、クズな奴が痛い目を見る時

すくなからず、弱いものが嫌がる姿をみて楽しむことがあるでしょう。

弱者をいたぶることに喜びを感じる。

これは決して、人としておかしなことではないんです。

愉悦の意味

心から愉快に思って喜ぶこと。

引用元:コトバンク

愉悦とは、必死に陸上部などで、努力して、優勝して観客の歓声に浸るなど、いい意味でとらえることもできます。

人にとって

人に認められることに喜びを感じることって、人の本質的なことですよね

人にとって

弱者が苦しむことに喜びを感じることって、人の本質的にあることですよね

愉悦の意味を読み直してください

心から愉快に思って喜ぶこと。

そう、人は、弱者が苦しむことは、本質的に「楽しむことができます」

それは、人によっては「脳から麻薬が出るほどに、気持ちよくて最高で、たまらない味でもあります」

弱者をいたぶることに、快感を覚える

これは、人の本質でもあり、人間が味わえる「最高のスパイスの1つ」です。

 

なぜいじめられ続けるのか?

いじめをした加害者は、おそらく親や先生に何らかの形で1度は怒られることでしょう。

では、それでもなぜ、いじめは終わらないんでしょうか?

 

ごめんなさいは魔法の言葉

自分が悪いことをしたと認め、相手に誠意を伝える行為。

これって、大人であれば、お金であったり、懲役であったりといろいろありますが

99%子供の世界では「ごめんなさい」という一言です。

いじめっこが、こういいました「ごめんなさい、もうしないので許してください」

さて、あなたは「許さない」といえますか?

  • 許さないといったら、こいつは人を妬む(ねたむ)嫌なやつだ
  • 人が誠心誠意あやまっているのに許してあげないなんて最低

このような考えが、被害者の頭によぎると思います。

また、同時に許さないといった人を見た人も、このような考えを抱くこともあるでしょう。

被害者は「ごめんなさい」と言われれば「はい」としか、ほぼいえません。

また、こんなシチュエーションが、親や家族の目の前で起こったとしましょう。

素直にあやまれば「よしよし、いい子だね」という風にハッピーエンドで終わります。

ゆるしてあげれば「親や先生から、君は大人だね」と認めてもらえます。

私はユーチューブをよく見るのですが

有名ユーチューバーの家の住所を特定して、家に突撃するこどもっていますよね。

でもその子供たちは、決まって「ごめんなさい」といいます。

そして、その言葉を使うときは決まって「警察に言うよ?」のタイミングです。

「ごめんなさい」この言葉は、おそらく自分が過ちを犯したことを認め、謝罪する言葉でしょう。

では、なぜこの「ごめんなさい」という言葉が「警察」という単語が出た瞬間に使われるのでしょうか。

それは「痛い目を見たくないから」

また、この世の中では「ごめんなさい」という言葉を使った人を、許さなければ「自分が嫌な目」で見られます。

それは、人の心を見ることができないのに、誠心誠意謝っている人を、反省しないと決めつけ、指摘し続けることは

人の完璧になれないという点を狙って行う、一方的な行動になるから。

それに、子供が誠心誠意「ごめんなさい」と言っているのに、問答無用で警察に突きつけるのは、大人げないと思いません?このようなことを、自分より立場の弱い子供に対し、大人が行うのは、一方的ですよね。

頭の良いいじめっ子は「ごめんなさい」という言葉は「何をしても許される魔法の言葉」としてつかえることを知っています。

というか、この話「最初からおかしいんです」

だって、人の住所をわざわざ特定して、家に行くのって、最初から悪いことだってわかりますよね。

「どうして最初から悪い事ってわかっててやってるのに、怒られたらごめんなさいっていうの?」

もちろん、本当に最初はわからず、指摘してもらってダメだって気付く人もいるでしょう。

もし、そんな人がいれば

私は、今すぐ死ぬか精神科に監禁されたほうがいいと思います。

だって、やっちゃいけないことを心で理解できないのなら、あなたは指摘されない限り、実行に移すから

そんな生き物、人がいる世界に放っちゃダメでしょ。

もちろん、このユーチューバーの例は「言われなくても絶対にわかるでしょ?」

という観点では、微妙なラインだと思います。

心から、大好きな人を一目見たい!それは純粋な心だと思います。

ですので、これはあくまでも極端な例を使って、説明するつもりで書きました。

ですが、人が嫌がることをする人って大体

  • 「ごめんなさい」という言葉を「魔法の言葉」としてつかえることを知っている人
  • 最初から人の前に出ないほうがいい人

この2種類の人が多いと思います。

 

いじめっ子がいわれている言葉にどれだけ力があるんだろう

奥様が好きそうなドラマを見ていると、こんなシチュエーションってありますよね。

  • ねぇ、お金貸して!
  • えぇ・・・今度だけだよ?

こういうシチュエーションで、ほぼ絶対言えるのが

「絶対に今度だけじゃない」ということ

絶対にこれ1回目じゃないよね・・・何度も借りてるよね!ということです。

「ごめんなさい」という言葉を「魔法の言葉」として使っている人にとって「いじめはいけないことだよ」この言葉にどれだけの意味があるんだろう?

イジメられている人は「やめてよ」という言葉を使うでしょう。

この言葉は、「モンハンをプレイしている人が、モンスターを切ったときに出るうめき声」と一緒です。

悪いことだと知っているうえで、自分の快感を優先している人にとって「やめてよ」は愉悦をさらに気持ちよくするスパイスの1つです。

 

いじめの辛さや痛みは言葉では伝わらない

突然ですが、あなたは「食べたことのない料理の味」ってわかりますか?

わかりませんよね?

それと同じで、自分が実際に体験したことのない事って、言われるだけで心にしっかりと刻むことって難しいと思うんです。

「いじめはいけないこと」「やめてよ」

これに意味があるのでしょうか?

 

いじめの辛さや痛みをわからせる方法

突然ですが「いじめの痛みや辛さをわからせるために」教師が暴力をふるうのは「あり・なし」どちらでしょうか?

暴力を振るう理由は、上で書いた「食べたこともない食べ物の味はわからない」と一緒で

自分でやられてみないとわからないから

それでは、手を出さずに、「いじめの辛さや痛みをわからせる」ためにはどうしたらいいでしょうか?確かに、これは「相手にいじめの辛さや痛みをわからせる」という点において、合理的だと思います。このようなことが理由だと思います。

私は「いじめはいけないこと」という言葉では無意味だと思います。

じゃあ、どうしたらいいのか?

いじめっこの前で

  • 鉄板で顔面を焼いて
  • 腕をナイフで切って血を流して
  • 数人の筋肉質な人たちに殴られ続けて、嘔吐してあざだらけになり
  • 目の前で体の骨を数本折られて
  • バッドで体中を叩きのめされる

これだけやれば、中には「見るだけで心が痛む」かもしれません。

ただ、こんなことをすれば、中には「アハハと心から脳内が気持ちよくなって、楽しむ」人もいるでしょう。

すべてのいじめっこの前でこれをやっても「おそらくすべてのいじめっこがいじめをやめることはありません」

なぜなら、それが「快感」だから。

ただ、強いて「手を出さずにわからせる」のなら、こういうやり方が上がると思います。

だからといって、手を出すことが正しいのか?と言われれば、これは明確にはならないかもしれませんね。

 

これをいじめられた子がやって笑わないのは痛みを知らないから

仮に、上のことを先生がいじめっこの前で実践するのではなく

イジメられ、顔は歪み、あざができたいじめっ子が・・・

自分からナイフをいじめっ子に差し出して「これで僕を切ればもっと楽しめるよ」いったとしましょう。

自分からはんだごてを差し出して「僕の目をえぐりながら溶かして焼いて」といったとしましょう。

自分からコンパスやボールペンを出して「次の瞬間狂ったように自分の腕を刺し続けた」としましょう。

※はんだごてとは:

「同線と部品などをつなげるため、ハンダというものを溶かしてくっつけるためのもの。400度くらいになります

学校の工作などで使う機会があるのはもちろん、工業高校では100%使うようなものです。おそらく学校にあります。」

あはぁあ、どうしたのぉ?

君たちは、顔が青くなって、ゆがんで、泣いて、鼻血が出ている僕を笑うのに

「どうしてナイフで僕を切り裂くのが楽しくないの?」

「どうして、僕の目が溶けて悲鳴をあげるのが楽しくないの?」

「どうして、腕が刺されるところを見て笑わないの?」

この問いに、ほとんどの人はおそらく「傷つけられる痛みをしらないから」と答えるでしょう。

実際に、これで笑わない人はそうなんだと思います。

ただ、「これを素直に、より楽しく見れる人もいます」

上で、暴力を使わずに「いじめの辛さや痛み」を伝えるにはどうしたらいいのか?

ということを書きましたが、これが通用するのは、ここで笑わない人限定だと思います。

先生に言うぞ!人を呼ぶぞ!誰かに言うぞ!これは弱いことじゃない

いじめられるたびに先生に言う人

殴られている最中に、お前ら絶対に○○にこのことをいってやる

こういうことを言う人をどう思いますか?

おそらく「弱い人、負け惜しみ」このような単語が脳裏に浮かぶのが普通だと思います。

「いじめたら先生に言うぞ!」これは、世間では「先生がいなければなにも出来ない弱虫」

といった、印象が付くと思うのですが、実際には

「いじめはダメだと教えてもらってるにも関わらず、2度、3度同じことをしてる、同じことを何度言われてもわからないアホ」

「その場の人間がダメだって言ってあげているにも関わらず、第三者の力を借りなければやめないほど、お前らが狂ってるのが悪い」

私は、このように思います。

実際、いじめを当事者同士で解決するなら、どちらかが潰れるしかないような状況があるのも事実です。

特に弱みを握られる

両手両足の自由をうばわれ、侮辱する

このような状況で、当事者であるいじめられている人が

「やめて」と自分の意思を伝える

「痛い」と悲鳴を上げていることを伝える

それでも、止まらない場合

普通に考えて、ほかの人を呼ばないと終わらないでしょ。

「やめて」「痛い」というサインを受け取っているのにも関わらず、いじめをやめないのは

いじめられている人ではなく「いじめている人に問題」があるのであり

当事者で止められなければ「人を呼ぶことは」当たり前です。

これは、単純に自由を奪われ、殴られている時はもちろんですが、何度も繰り返し行われるいじめにも言えることだと思います。

 

たくさん巻き込むしかない

いろいろ書きましたが、これが私の結論です。

いじめは「たくさんの人を巻き込まなければ」解決しない。

 

愉悦だけでなく罪悪感を感じさせるため、人の目に晒させること

そこには、いじめっ子とあなたしかいない。

あなたは、いじめっこに弱みを握られていて

俺は今こいつに、なんでもできると思われている状況。

あなたは教室で友達と話している。

いじめっ子はあなたの近くにいるけれど、一緒に同級生も教室にたくさんいる状況

これは、後者のほうがいじめられる可能性が低いですよね?

なぜか?

上は、2人しかその場にいないことから

目の前のあなたを好きにできることから、愉悦と高揚感しか感じなくて済みます。

下は、周りにたくさんの人がいることから

弱みを握って、人を傷つけていることが周りにばれてしまいます。

そのため、以下のようなことを感じてしまいます。

  • 人に嫌われる
  • 自分より強い存在(先生・親など)に目を付けられる

いじめはだめだとわかってやっている

いじめがだめだとわかってないのなら

人の前だろうが、親だろうが、先生の前だろうが

問答無用で人を傷つけることができるでしょう。

それをしないのは

  • いじめをやっちゃいけないことだと自覚しているから
  • 良いこと・悪いことを判断する基準が、自分より強いか弱いか

このように、考えているからではないでしょうか?

先生やほかの人に言うこと、助けを呼ぶことは、恥ずかしい事ではない。

本当に恥ずかしいのは、ダメだと教えてもらっているのに、続ける相手である。

このことを紹介しましたが、いじめは「自分が弱いから起こる」のではなく

相手に問題があるから起こることです。

  • あなたが「やめて」と言うことで、それは相手を嫌がらせる行為だよ、と教えていても続ける。
  • いじめっこは、そもそもは自分より強いか・弱いかの基準で動いている

こんな人が相手であれば、あなた1人で手が負えないほど、相手がどうしようもないということです。

ここまで、読んであなたは、自分1人でいじめを解決できる方法が思いつきますか?

そう、いじめは「ダメだとわかっていてやることです」

ですが、いじめは状況によって大きく「楽しめるか?楽しめないか」が異なります。

いじめっこと、あなたが2人っきりの状況と

周りの人の目がある状況がこれです。

繰り返しますが、

つまり

いじめはいけないよ。と教えるのではなく

いじめができないようにする

これが、根本的な「いじめの解決方法」なんです。

いじめはいけないよ。と教えることが解決方法じゃないの?

と考えている方、私は何度も繰り返しています。

いじめは「ダメだとわかっていてやることです」

最初から知ってるんです。そのうえで、その人はいじめをやるんです。

ならば・・・

  • あなたが、その人より強くなる
  • 人の目に晒し出来なくなる又はこれ以上、いじめをやっていることがばれれば、自分が危うくなると感じさせる。

そうやって、相手を「動けなくする」しかありません。

 

いじめられている人が変えなければいけない考え方

もし、あなたがいじめられているのなら、あなたは考え方を変えなければいけません。

  • なぜ、いじめっ子はこんなことをするんだろう
  • どうしたら、いじめはなくなるんだろう

いじめを解決する方法として、真っ先に思い浮かぶのは

やり返して、その人より強いことを証明する。ということではないでしょうか?

ですが、いじめを受けている人は

そもそも

・いじめは力で解決することはできない

このことを、ちゃんと理解している人ではないでしょうか?

殴られて、殴り返す。

仮にそれで勝ったとしても、それは

  • そもそも、いじめがダメだということを伝えて、反省させたことにはならない
  • 殴られる痛みを、あなたは知っているから、相手を傷つけてはいけないと、殴られている時でもわかっている。
  • 逆に弱みを握って、相手を傷つけることができたとしても、あなたは弱みを握られる痛みを知っているから、それを楽しめる人間でもなく、やっちゃいけないとわかっている
  • ほかの人にいじめのターゲットが変わるだけ
  • いじめっ子のストレスがただ増えるだけ

痛みをしっているから殴り返さないのは、ただのサンドバック

人を傷つけるのは、逆らえない状況で、振り回すのは、痛いこと・辛いことだと知っている人だからこそ

やり返さない

いじめられている人は、ただ考えるでしょう。

  • なぜ、この人はいじめをするんだろう
  • なぜ、こんなにつらいのに、痛いのに、いじめをするんだろう

いじめは、いじめ返す「力」では、何も解決できないことが分かってるから

ただ、ひたすら考えて、それでもどうしていいかわからない

そんな考え方をあなたはしてるんじゃないでしょうか?

はっきり言います。

いじめはだめだとわかってやっていることです。

だからこそ

いじめは、そもそも「解決することができない」

手を出すことなく、相手に痛みを知ってもらい、いじめを解決したいのなら

それこそ、顔面を焼き、はんだごてで目をえぐり、腕を切り血を流し

わかった?人を傷つけることってこんなことなんだよ!って教えるしかないでしょう。

ですが、いじめはだめだとわかってやっていることです。

楽しいんです。

その、理由は、大なり小なり「弱者をいたぶる快感が人間の本能としてあるから」

これだけやって、痛みを知り、手を引く人もいれば「それが最高の快感」になる人もいます。

じゃあ、もう戦争しかないじゃない!

どちらかがつぶれるまでやり合うことしか、本当に方法はないの?

なら、私はやりかえさない!

このように、考える人もいるでしょう。

それは、ただのサンドバックです。

また、戦争しかないの?という答えは

いじめっこ次第では正解です。

 

・人を助けたり、一緒に笑ったりすることで、人は幸せになれる

だけど、そのいじめっ子には、人を傷つけることが何よりの楽しみである

 

・弱者をいたぶりたい

両手両足の自由を奪い、殴るたびに、より苦しみの底に落ちる目の前に人間を

「自分の自由にできる」高揚感がたまらなく快感で気持ちいい。

・ダメだとわかっている

いじめられている子は、いじめている私を

殴ろうと思えば殴れるのに

嫌だ!と言おうと思えば言えるのに

それなのに、全て私の思い通りになる

ただ、望めば相手がいいなりになる

その、罪悪感と反撃されるかもしれないというスリルがたまらなく快感

 

人を必死に救う医者がいるんです。

こんな人がいるのも、また「普通のこと」

いじめはだめだとわかっていてやっていることであれば

そもそも、「道徳的な解決」は望めない

 

いじめが戦争以外で解決できる

・ただ、いじめっこが人をいじめる理由っていろいろあります。

親から暴力を受け、その現実が怖くてたまらなくて

衝動的に自分が暴力をふるい、自分が強者でいられる時間が、今のその人を唯一救うことの出来る時間

 

・勉強ができない、スポーツができない

頑張っているけど、周りにおくれてしまう。

その恐怖を和らげるためにいじめをする

また、この気持ちが、親からのプレッシャーにより拍車をかけられている

 

このような理由でいじめっ子がいじめをしているのなら

その子の環境を変えてあげる

その子が人を傷つけなくても、心の平穏が保てるようになる

いじめは、いじめをする人の問題です。

場合によっては、いじめっ子の周りの環境が原因もありますが

戦争以外で、解決したいのであれば、これらの悩みをいじめっ子が解決するほかありません。

あなたが介入して、解決を手伝えるケースは、少ないでしょう。

だからこそ「サンドバック」になるくらいなら

きちんと跳ね除けて「がんばれ!」と心の中で思ってあげたほうがいいんじゃないかな。

 

いじめの対策方法について

周りを巻き込む

いじめから自分の身を守るためには、とにかく周りの人を巻き込むしかありません。

というのも、いじめはいじめられている人ではなく、いじめている人に問題があることだから。

つまり、第三者に見られることで、自分が悪いことをしているんだと自覚させなければ、喧嘩で勝つ以外に、対処することが難しいんです。

そのため、可能な限り学校では、あなたに心を許している人たちの輪に入るようにしてください。

やっちゃいけないことだとわかっているいじめは、1対1の時は楽しくても、人前で堂々とできることではありません。

 

大切な友達がいる場合

もしあなたに大切な友達がいる場合は、○○君にいじめられている、どんなことをされてつらい

といったことを、全部話してみましょう。

そうすれば、友達も積極的にあなたの近くに来てくれるかもしれません。

また、あなたの代わりにしっかりと言い返してくれるかもしれません。

弱みを握られている人、一方的に殴られてしまう人の「やめて」という一言は、いじめを楽しませるスパイスにしかなりません。

ですが、いじめに関係のない人がやめろ!といってくれれば、しっかりといじめっ子は自分がやっていることを自覚することができます。

また、大声で言ってもらえば、同級生のみんなの前で、悪い事している奴だと晒すことができるので、積極的に頼ってみてください。

 

クラスで影響力の強い人に相談してみよう

友達に相談することはもちろんですが、クラスで影響力の強い人にも相談してみましょう。

頭がいい、運動ができる、学級委員など、何らかの形でクラスに影響力の強いを味方につけることは、とても効果的です。

というのも、見下せない相手からしっかりと自分の悪さを指摘されれば、堂々と

  • キモいからいじめてるんだ
  • 黙れクズが

といった、理屈の通ってない強引な理由でうやむやにすることが難しくなってしまいます。

クラスから尊敬されている人は、影響力が強いので、いい人がいれば特に味方につけてください。

もし、○○君がいなければ何もできないんだろ?などと言われたら

1回いじめはダメだと教えてもらっているのに、2度も3度も同じことをするお前らの頭の悪さが問題なんだ。

いじめられることが嫌だ!ということをしっかり言ってるのに、それでも辞めないほど、あなたたちが迷惑だから、周りの人に助けを求めてるんだ。

私1人じゃ手に負えないほど、あなたは凄く迷惑な人なんだよ。

ということを、自分や友達から言ってみてはいかがでしょうか。

必要であれば、これを友達に見せるのもいいでしょう。

 

ごめんなさいは自分の身を守る言葉

ごめんなさいは魔法の言葉ということを上で説明しましたが

これは、同時に自分を守る言葉でもあります。

極端な話、誰もいない教室で3分間、一方的に殴られたり蹴られたのであれば

それと同じくらい、殴り返されても文句は言えません。

いじめっ子は、「やりかえされる・仕返しをされる」ことにすごく臆病になることが多い印象があります。

いじめっ子がごめんなさいという言葉を使うのは

決まって、先生か親の前です。

これは、いじめっ子があなたを好きなだけ、殴って、いたぶった後に

「なぁ、これで終わりにしようよ。な?いいだろ?」といって

殴った後、自分が痛い目を見るタイミングで一方的に今回のことを打ち切って、上手に逃げ切っていることにほかなりません。

こどもの世界では、ほとんどのことが「ごめんなさい」の一言で終わります。

一度、ごめんなさいと言って終わったことを掘り返すのは、あまりいいことではありませんよね。

ごめんなさいって言ってもらったけど、やっぱりあの時のことは許せない!と反撃にでたら、周りの人はあなたを変な目で見てしまいます。

いじめっ子の中には、このように「ごめんなさい」という言葉を上手に使って、一方的に弄んだ(もてあそんだ)出来事を、毎回チャラにして逃げ切る人がいることを覚えておきましょう。

 

いじめで転校するタイミング

これはあくまでも私の1つの考えです。

いじめの環境やあなたの捉え方によって、これは変わりますので、ここに書いていることが正しく、あなたの考えが間違いということは絶対にありません。

いじめられて転校したとしても、新しい環境でいじめられるかもしれないという不安が、あなたを襲うことでしょう。

あなたはが、転校を考えているのなら、

「逃げても、再びいじめを受ければ、意味がないんじゃないの?」と自問自答をしながら、苦しんでいるのではないでしょうか。

そんなあなたが、自分を許せるきっかけができるよう、私の1つの意見を紹介します。

「周りを巻き込んでもダメな時」は転校すると割り切ってみてはいかがでしょうか。

いじめは「いじめっこがダメだとわかってやっていること」です。

これから自分を守るには「いじめっ子に、悪いことをしていると自覚させるため、第三者の目を頼る」ほかありません。

いじめは、1対1の時と、周りに人がいる環境では大きく違うことを上で説明したと思います。

つまり

  • 周りの人が全員、目を背け、誰も助けてくれない状況
  • 誰一人見方がいなくて、殴り合う以外、解決方法がない状況

ここまで学級が崩壊したら、転校していいと、自分のなかで割り切っていいと思います。

暴力を使うことなく、必死に自分の身を守ろうとした。それでもだめだったのなら、転校は仕方のないことです。

もちろん、精神的な苦痛を受け、新しい環境に身を置くという考えは決して悪い事ではないので、ここまで頑張らないのは「弱い」ととらえることではありません。

「イジメられたからってやりかえすのはよくないよ」という大人に言いたいこと

わたしは、いじめに関わっている親や先生にはっきりと伝えたいことがあります。

それは「いじめられたからってやりかえしちゃダメでしょ?」こんなセリフを言っている人は

いじめっ子と一緒に、その子の首を締めていることに他ならないということです。

これは、大人の世界のいじめを元に紹介していきます。

いじめには、

  • 暴力
  • 何を言われているのか不安になり、精神的な負担が増え続ける陰口
  • 何をされるかわからないという恐怖がどんどん大きくなる、細かな嫌がらせ
  • 差別・シカト

など、様々なやり方があります。

暴力はさすがに多くないと思いますが

差別や陰口などは、逆に大人の世界の方が多いのではないでしょうか。

いじめの何が怖いのかというと「不安や恐怖がどんどん膨らんでいくこと」だと私は考えます。

職場で、嫌な同僚から、さりげない嫌がらせをずっと受けたことがあるひとならわかるでしょう。

  • 上司に言うほどのことじゃないけど、こんなことをされるのは嫌だなぁ。
  • 私のことが嫌いなの?私何か悪いことした?と聞き返すほどのことじゃないけど、なんか嫌だなぁ。

このような経験ありませんか?

いじめは、悪いと自覚しながらもあえて行うことです。

大人になれば、どのラインで押さえれば、あいまいになるのか?うやむやになるのか判断できますので

そのラインでなんども嫌ないじめを繰り返してきます。

確かにあなたは、殴られてないでしょう。髪の毛を引っ張られ、顔面を机にたたきつけられながら横腹を蹴られてもないでしょう。

ですが、このような嫌がらせで、日本の社会人がたくさん自殺に追いやられていることは、あなたもご存知だと思います。

いじめの怖いところは「不安や恐怖がどんどん膨らんでいくこと」です。

小さないじめも、何度もやられれば

○○されるかもしれない、○○とおもわれているのかもしれないと、どこまでも不安や恐怖が膨らんでいきます。

それが、何日、何か月と続きながら、それでも嫌な人がいる会社に休まずに出勤し、仕事をこなし続けなければいけない環境は

人が背負える精神的な負担を簡単に超えてしまうことだと私は考えます。

さて、大人の世界の話をしましたが

子供の世界では普通に「暴力」も加わります。

  • 実際にトイレの水を飲ませたり、個室トイレでサンドバックにされたり
  • 実際に親がいない時間を狙って、家に入り、寝ている友人が先輩にベッドの上で殴り続けられたり
  • 部活で怒鳴り散らされ、学校の生徒がたくさんいる階段で、先輩に胸倉をつかまれ罵声を浴びせられる友人がいたり

実際に知っているいじめをあげればキリがありません。

まさか、私の子供が・私が勤務してる学校でこんなことが起こってるなんて。と思われるかもしれません。

確かに上で上げた例がそっくりそのまま起こるとは言いにくいでしょう。

言い方が失礼ですが、これと同等、あるいはこれ以上に残虐なことは、いろんな場面で普通に起こり得ることだと私は思います。

同級生とクラスで問題が起こるほかにも

休日に呼び出されて、何をされるかわからない状況

部活の環境で1人見せしめに嫌がらせを受ける状況

など、以外にもこどもの世界は広く、知らないところで惨い(むごい)ことが起こることは、そんなに珍しい事ではないんです。

もちろん、このようなことでなくても

クラス全員のまえで、お前なんで生きてるの?

なんて言われて、同級生全員に見られながら、なんて返せばいいかわからず、一方的に人格否定されることもあります。

いかがでしょう?こどもの世界のいじめは、あなたの過ごしてきた世界と比べたら、大したことありませんか?

もし、あなたがこどもの世界のいじめを楽観視しているのであれば

決して、そんなことはなく、場合によっては普通に大人より惨いことが起こることを頭に入れておくべきです。

しかも、転職できることもなく、親から許可が得られない限り、その学校に毎日生き続けなければいけない毎日が

その子の心をどれだけ苦しめているのかは、私たちが想像することはできないでしょう。

さて、話は長くなりましたが、これが「いじめられたからってやりかえしちゃダメでしょ?」というセリフを、私が凄く酷いことだと捉えている理由です。

いじめは、たとえ暴力がなくても、普通に人の命を奪えるものだということは理解してもらえたでしょう。

そこに暴力が加われば、よりひどくなることはわかると思います。

いじめを受けてやり返すという行為は「自分の命を守ろうとする行為」です。

怖くて、不安で仕方がなくて、苦しみから自分を守りたくて、そのために勇気を振り絞って戦って、自分の身を守る行為です。

殴られたからって、殴っちゃダメでしょ?というのは

だめでしょ?自分の身を守っちゃ^^と。あなたもいじめっ子と一緒になってその子の首を締めていることにほかなりません。

はっきり言ってしまえば

「いじめられたからってやりかえしちゃダメでしょ?」

「レイプされても、男の人を跳ね除けちゃだめだよ」

これって、同じ意味じゃありません?

もしあなたがこんなセリフを言うのなら、しっかりとその子を守る必要があると思います。

いじめは、人の命を奪える行為です。

私は過去に両手両足を固定されて、空気の通らない真っ黒のフードを顔に被せられ窒息されるいじめを受けたことがあります。

「いじめられたからってやりかえしちゃダメでしょ?」

両手両足を縛られて、殴られようが、蹴られようが抵抗しちゃだめでしょ?自分の身を守っちゃだめでしょ?

私には、このセリフがいじめを受けている人にとって、いい言葉とは思えません。

いじめは「だめだとわかっていじめっ子」がやる行為です。

いじめを根本的に解決するためには、いじめっ子が自分の弱さと向き合ったり、人の痛みを知ったりと

いじめっ子が、自分と向き合わなければいけない問題です。

極端な例ですが

  • 人を殺しちゃいけないよ。と教えても
  • 分かってるよそんなこと、それでも楽しいからやってるんだよ!と言われればそれまでです。

間違っていると自覚してやっていることを道徳心やモラルを元に絶対に解決しろと言われても、それは可能なことなのでしょうか?

根本的にはいじめっ子自身の問題ですから、解決することはとても難しいことだと私は考えます。

その子の弱さを指摘し、向き合ってもらうことはとても大切なことですが

その間に、いじめを受けている人が受ける苦しみは測りしれるものではありません。

だからこそ、問答無用で「やりかえしちゃいけない」なんて言うのは、とても惨いことだと私は考えます。

余談ですが、世界では紛争地域があったり、戦争が続いたり、一般人が銃を持っていたりと物騒な印象を受ける国がたくさんありますが

私から言わせれば日本人は、

日本人は銃もナイフも使わずに1年で10万人以上の人を殺すプロフェッショナル集団の集まりです。

 

時にはリスク覚悟で強硬手段に出ないといけないこともある

いじめは、いじめ返せば、より大きくなるリスクがあります。

そしていじめとは「必ず道徳心をもって解決できるとは限りません」

人を殺しちゃいけないよ

知ってるよ、でも面白いからやるんだよ

人を殴っちゃダメでしょ?

だって鼻血だして泣くのを見るのが楽しんだもん

死ねって言っちゃダメでしょ?

だって死んでほしいんだもん

いじめをずっと受けている人は、道徳心をもって解決しようと考えている人が多いと思います。

ですが「道徳心はいじめによっては、そもそも通用しない」こともあります。

いじめにやり返せば、どちらかがつぶれるか諦めるまで悪化する恐れもあります。

ですので、これが必ずいい方向へいくとは限りません。

弱いのが悪い、人に頼るのは悪い

このように考えているのなら

人の目が付いていないときは、常にあなたをいじめることでしょう。

これは私の考え方ですが

一度思いっきりやり返して、それでも悪化してダメになったら転校を考えてみてはいかがでしょうか?

少し極端な意見ですが

一方的にいじめられた記憶は、大人になっても残り続けます。

転校した後、大人になった後、同窓会の時、何もできなかった過去を一生引きずって生きていくのなら

足が震えてでも、漏らしてでも1発殴り返し、負けてもいいから抵抗したという事実を、自分の中に作っておくのも

また、1つの勇気なのかもしれません。

やり返してみる、それでも悪化して手の付けようがないのなら、転校する

手を出して、悪化して終わらないのなら、どちらかが死ぬか転校するまでこの問題は続きます。

死ぬぐらいなら転校したほうがあなたのためになるでしょう。

なりふり構わず全力で痛いんだよ!辛いんだよ!と周りに知ってもらうことは間違いじゃないと思う

いじめを先生や親に伝えるときは「言葉」でしか伝えることができません。

その時、あなたが感じた恐怖、痛み、苦しみは伝えることができません。

もし、あなたを守れる親や先生がまともに取り合ってくれないのなら、それは「傷を見せる」ことが効果的だと私は考えます。

上で、殴り返してもダメなら転校を考えるということを紹介しました。

もし、あなたの親がいじめに向き合ってくれないのであれば

目にあざをつくり、顔が腫れ、お腹にもあざをつくり、それを見せれば親も向き合ってくれるかもしれません。

あるいは、倒れるまで、病院に運ばれるまで戦えば、その後の惨状を見てもらうことができるでしょう。

言葉では、いじめを完全に伝えることはできません。

人の力が必要なのに、それでも頼れないのなら、言葉ではなく「傷」そのものを見せて、伝えることも、あなたの「戦い」なのではないでしょうか。

 

黒板や机に書かれた悪口は消すな

黒板や机に嫌なことが書かれてあれば、それを急いで消すのではなく残しておきましょう。

そして、それを見てもらえばいいんです。

授業中であれば、生徒は自由に立ち上がることはできません。

また、もし黒板に大々的に嫌なことを書かれてしまったのであれば、それは消さないようにしましょう。

もしいじめっ子が消すのなら

それを止めて戦ってみましょう。

先生が来るまで、黒板の証拠を守り着れれば勝ち

黒板の文字を消そうとするとき、喧嘩して、その惨状を先生に見られれば勝ち

黒板の文字が消されたとしても、うずくまっているあなたが、喧嘩している姿が見られれば勝ち

殴られたとき、わざとずっとうずく待って、見てもらうのもいいでしょう。「お互いが死ぬか転校するまで戦うことなく、いじめを解決する1つの勇気ある行動です。

先生にいわなきゃ何もできないくせにと言われれば

先生の前でも同じようにいじめてみろよ、なんでできないの?と言えばいいのではないでしょうか。

仮に消されても、それで喧嘩がエスカレートすればそれが証拠になります。

授業中にいじめられれば、大声を上げて殴りかかってもいいでしょう。

なんでそんなことしたの?と言われれば、こうして伝えるしか「死ぬか転校する以外で解決する方法がなかったから」

授業中に、今までやられたことをたくさん思い出して、大声で泣くのもいいでしょう。

また、これをやるなら、この記事を読んでもらうのもいいと思います。

 

時には勇気を出して、声を上げる必要もある

いじめは時に「相手にどう思われているのか?」という考えを押しのけ「自分の意見を主張する」ことも大切です。

例えば

はっきりと「なんでいじめるの?」と言い返されないギリギリのラインを狙ってくる、嫌らしい陰口が続くいじめ。

いじめられているのかな?とずっと悩み続けながら、何日、何か月と改善されない日々を送るのはとても辛いことです。

このようないじめを行うひとが一番やられたくないことは

「いじめだとはっきり主張されること」です。

上司や先生に明確にいじめだと認定されることなく、相手を傷つけるいじめは

「あなたや周りの人が、いじめている人に対し、それは人を傷つける行為だと認識すること」が解決につながります。

このいじめのもう1つ怖いところは

「いじめだ!」と主張しても、それが曖昧であれば、過剰防衛・気にしすぎ・すぐいじめという人と、周りに認識されるリスクがあることです。

逆にいってしまえば、いじめをしている人は、これを保険にギリギリのラインでいじめをしています。

このような賢い相手に対抗するには「日記」を付けましょう。

実際に証拠となる日記をつけておけば、それが反撃の武器になります。

また、もう1つ日記をおすすめする理由が、自分の心を見直す機会になるということです。

このようないじめを受けている人は、それでも学校・会社に通い続けなければいけません。

我慢をつづければ、やがて自分の気持ちを素直に理解することが難しくなってしまいますが

過去の自分が書いた日記を見ることで、自分がどれだけ辛い目に遭っているのかわかるようになります。

このような陰口に限らず、自分の身を守るためには、リスク承知で立ち向かわなければいけないこともあります。

 

いじめから自分を守るためにはあなたが変わらないといけないかもしれない

いじめは、いじめる人の問題です。

ですが、だからといって「いじめが止まることはありません」

だからこそ、自分を守ってあげる必要があると思います。

もちろん、すべての人にやり返せ!のような古臭いおやじのようなことを言うつもりはありませんし

口より先に手を出すようになれば、それはあなたにとっていい人でさえ、周りから遠ざけてしまいます。

だからこそ、勇気をもって、逃げる、守る、伝えるということをしてあげなくちゃいけないこともあると思います。

また、人によっては自分を変えることも考えてみましょう。

ポジティブに、明るく自分を変えてあげると、周りからの態度も変わるかもしれません。

自分の起こした行動を理解してもらえないのなら、この記事を見せてあげてください。

※いじめをする人はこういう人。と極端な言い方をしましたが、すべての人にここで書いたことが当てはまることはないでしょう。

いじめをする人も、いじめを受ける人も、人それぞれだと思います。

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